気仙沼の津波によって陸に上がった船の保存、震災遺構について(3)

今後の津波対策を考える

村井宮城県知事ははっきりと公言していますが、現在沿岸部で行われている防潮堤工事は、数十年単位で起きている津波に対応した高さで施工されているものであって、今回の東日本大震災に対応できるものではないということです。

東日本大震災前に造成された名取市内の住宅地は、田畑が広がっている周辺よりもかさ上げしてあったことによって、浸水しながらも大きな被害は無かったようです。

気仙沼でも他の浸水地域でもかさ上げは効果があると思います。 しかし、浸水地域に家を再建する場合には、建物の建て方や避難方法など、行政と個人が色々と検討する必要はあると思います。
 

元の街に戻したいのか、被災地として発信したいのか

元の住宅地に戻したいというのが希望としてある人が多いと思います。しかし、時間を戻すことは出来ませんので、全く同じにはなりません。津波対策は最低限必要です。色々な対策をした上で元の住宅地に復旧させることは現地再建ですから比較的簡単なことだと思います。
 

津波防災観光都市としては

津波によって陸に上がった船を見に行くことを目的として、気仙沼の街に行く人はたくさんいます。

僕自身も4月に南三陸町から気仙沼市内をまわって、最後は被災地の写真が展示されている「リアスアーク美術館」によって帰りました。

気仙沼全体で見れば、観光要素もあるので、プラスにはなる。 津波防災を考えた街づくりをしながら、船を保存することによって、世界中に対して津波防災都市としての説得力になります。
 

原爆ドームとの比較

原爆ドームは広島の街の中心にあり、バスセンターや百貨店、旧広島市民球場がすぐそばにあります。

原爆ドームがある場所は、原爆が落とされる前までは住宅密集地だったようですが、現在は平和公園になっています。

津波によって陸に上がった船がある鹿折地区の環境は、駅前の通りに横切るように船があります。そして、真横に幹線道路が通っています。

実際に船を保存するとなれば、周囲を公園にし、駅や道路の位置も移動する必要があります。
 

今後の街づくりは討論が必要

船の周辺を公園化する作業があることによって復旧・復興が遅れてしまう可能性があり、その点が一番の問題ではあります。

また、保存費用や街づくりの問題は大きいものがあります。 一方で、撤去してしまえば、何も負担はありません。 しかし、何も無かったことになります。

最終的な判断は気仙沼市に住まれている方しか出来ないと思っています。
市民討論会などを開催して、もう少し検討してもらいたいと思います。

気仙沼 鹿折局前バス停留所付近から津波によって陸に上がった船

2013年4月28日
気仙沼市浜町1丁目
鹿折局前バス停留所付近(港の岸壁近く)から
津波によって陸に上がった船

気仙沼 港の岸壁・防潮堤

2013年4月28日
気仙沼市浜町1丁目
港の岸壁・防潮堤

気仙沼 BRT鹿折唐桑駅、鹿折駅前バス停留所、津波によって陸に上がった船

2013年4月28日
気仙沼市新浜町・西みなと町
BRT鹿折唐桑駅、鹿折駅前バス停留所、
津波によって陸に上がった船

JR大船渡線・鹿折唐桑駅(休止中)から津波によって陸に上がった船

2013年4月28日
気仙沼市西みなと町・新浜町
JR大船渡線・鹿折唐桑駅(休止中)から
津波によって陸に上がった船

気仙沼 津波によって陸に上がった船

2013年4月28日
気仙沼市西みなと町・新浜町
津波によって陸に上がった船

 
気仙沼の津波によって陸に上がった船の保存、震災遺構について

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